
犬も人間も飴とムチで良い事と悪い事を教えなくちゃダメだということです。
このブログで以前
教育について考えてみるで書いたように、社会で生きていくというのは一種の暴力によって守られているんです。これは核爆弾についての議論も究極には同じです。
世界にある平和はある種の暴力で守られています。
学校という世界では
先生という存在が警察みたいなものだったのに、いつしか先生の力は剥奪されてしまいました。
何もかも禁じられてしまった先生に「愛の力だけで子供の世界を統治しろ!」なんて言われても無茶な話です。
命の大切さを教える?経験が子供より多い大人でも何度教えても命の大切さがわからない人はたくさんいます。
相手が子供だったら言葉だけで理解してもらえるんでしょうか?
命の大切さは「叩かれたら痛い」ということから教えればいいんです。
今の
いじめでは更に問題があります。
叩いて教える教育の範囲を超えたものがあります。
恐喝や暴行・傷害、明らかに侮辱と法律的にも判断できる言葉のいじめ、これらはもはや
いじめではありません。
犯罪です。
犯罪なのだから、どんどん警察にも介入してもらってでも、いち早く解決する方法が必要です。
今、この瞬間にもいじめではなく、犯罪で苦しんでいる子供がいるのですから。これを学校の先生に相談してから・・・なんて呑気な行動をとるのではなくて、そんなの飛び越して警察に行けばよい。
その後のことなんてとりあえず考える必要はありません。
これをするのは子供の命より優先するものが何ひとつないはずの親の役目です。
議論することよりも、世間体を気にするよりも、まず救い出してあげることを最優先して欲しいです。
今犯罪に会っている子供は、今この瞬間に救い出されることを望んでいます。
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